武士

時を紡ぐ~Japan~

信長と家康の同盟、その前に”弾正同盟”あり

三好長慶は、畿内6ヶ国、四国3ヶ国の計9ヶ国。更に、播磨、伊予、土佐の一部を支配下に収めた大大名。 そして、信長よりも先に将軍家を傀儡にして天下を掌握した。 長慶の最重臣・松永久秀は、家柄もなく実力だけでのし上がり、次の天下人を狙える位置にいた。
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信長と家康の同盟、その前に武田あり

武田信玄と織田信長は、お互いを良く知っていた。 何故なら、美濃遠山氏が武田と織田に両属していて、情報の受け渡し役をしていたから。 信玄から信長へ、今川義元の動きは全て知らされていた。桶狭間の戦いは、信玄抜きでは語れないものである。
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信長と家康の同盟はあったのか?

歴史物語では、信長と家康は幼馴染で旧知の仲だったとか、「桶狭間」の後、すぐに同盟関係が構築されたとか、 二人は近しい間柄のように描かれていますけど、それほど近しい間柄では無かったのでは? 寧ろ、余所余所しい関係だったのでは?という雑文です。
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人は一代、名は末代

平安末期とも鎌倉初期とも云われるが、 "武"を生業とする人たち、即ち、武士として生きることが可能となった時、「ご先祖様の名を汚さぬ生き様(=死に様)」を心掛けるという、日本人の精神文化が芽吹いた。 「命を惜しむな、名こそ惜しめ!」実に潔い。