危険な関係

LOVE & EROS

人は誰だって、生涯にただ一度くらいは”作家”のような文章を書ける。

軍人小説家ラクロ

冒頭の言葉通りだった代表的な人として、スペイン系ユダヤ人ですがフランス国籍の軍人(砲兵士)だったコデルロス・ド・ラクロ(1741年10月生~1803年9月没)を紹介します。ラクロ(正式名は、ピエール・アンブロワズ・フランソワ・ショデルロ・ド・ラクロ)は、兵役の片手間に生涯ただ一度の傑作小説を書き上げた。『危険な関係』という題名のその作品は、1782年に刊行されますが大絶賛を受ける。それを題材とした映画は世界中で制作され有名作品だけでも10本は下らない。演劇やTVドラマ化や、兎に角、ウケ・・の良い作品として知られています。しかし、正に一発屋の”作家”さんで、それ以外の作品は全て駄作という事です。まぁ、たった一作であっても後世でも映画化・ドラマ化・演劇化されるような大ヒット作品を書けて名を遺せたのですから大したものです。

当時のフランスは、1776年のアメリカ独立宣言~独立戦争に際し、1778年にアメリカとの間に仏米同盟を結んで英国に対抗していた時期です。1780年には、フランス軍は米国支援の為に大西洋を渡って北米各地でイギリス軍と戦った。そのような時、この砲兵士は何やってんだ!と言いたい人もたくさんいると思うけど、軍隊時代のこの人はほんとよく分かりません。

特に裕福な家でも貴族の出でもなんでもないのに、18歳で砲兵学校に入隊し、1年後には少尉で任官。これって、防衛大学で4年勉強する現代の日本の防衛族よりも遥かにスピード出世。そういう時代だったのでしょうけど、此処までを見ると将来を嘱望される軍人だった。ところが、砲兵士なので最前線で大砲打ってるか指揮している人かと思いきや、フランス国内の地方都市勤務に終始。中でも、28歳から7年間程のグルノーブル勤務では社交界デビューを果たして、貴族階級のご婦人達と交友(交遊かな)している。恐らく、軍の偉い人に付き添ってというのがきっかけだったのでしょうけど、容姿端麗の若い将校はお喋りにも長けていたのでしょう。

そして、このグルノーブル勤務中に複数の女性達との間に交わした多くの書簡(ま、ラブレターでしょう)が、書簡体小説・『危険な関係』執筆に至る重要な資料となった。高貴な女性達から様々な情報を得て、ついでに、男女の心理戦を楽しんだ。この書簡交際の駆け引きそのものが『危険な関係』の主筋に取り入れられているのですから、生々しく面白い。恋愛好きな女性達のみならず、心理戦好きな人たちや劇作家にも好まれて大ヒットする。

この後は、男女批評家としての論書を執筆したりするのですが、売れない作家となって行くよりは堅実に職業軍人であり続け、執筆活動はあくまで副業と割り切った。だから、その後の作品が何一つ売れることなく終わっても、軍人ラクロは、司令官を務める位置まで出世して62歳で生涯を閉じる。

この人の生涯はWikipediaでも読んでいただく事として『危険な関係』を少しだけ紹介。

危険な関係

フランスの絶対王政期(アンシャン・レジーム)に於ける貴族達の堕落した不道徳が描かれたこの作品は、多くの人の顰蹙を買いますが、それは多くの人に読まれた証でもある。小説の中に登場するのが、フランス文学史上最悪の女と云われるメルトゥイユ侯爵夫人です(但し、架空の人物)。

メルトゥイユ夫人は愛人に裏切られ、その裏切った愛人が婚約した15歳の清純な少女セシルを、自堕落な女に貶めようと画策する。その流れの中で、セシルに対してラブレターの書き方を手解きするのですが、その時の言葉が・・・

手紙を書くのは相手に書くのであって、自分に書くのではありません。だから、自分が考えている事を言うよりは、相手を喜ばせることを書くようになさいです。

稀代の悪女メルトゥイユ夫人を通して、表面的には”不真面目な軍人”っぽいラクロがそう云わせるのですが、なるほど、ですね。

ラブレターは、自分の気持ちを熱く綴る事を優先しようとするものですが、男をたぶらかす名人である夫人は、自分の気持ちをストレートに書いてはいけないと言う。相手の心をくすぐる、相手を悦ばす、褒め称える、その気にさせる・・・。「読む人の気持ちになって書くのが手紙」と夫人は言う。だから女性は”演技”が上手なのかと思わされる(笑)

手紙を書いている自分に酔うのでがなく、読んでいる相手を酔わす。抱かれて自分が感じるのではなく、抱いている相手を感じさせる。なるほど・・・。そんな事ばかり考えてる砲兵士がいるからフランス軍は堕落したのか。なんて事までは言いませんが頷けます。

『危険な関係』は、登場人物全てが最期は不幸な身の上になってしまう物語。ですから、ネガティブストーリーでもあるのですが、現代風にアレンジするならいくらでも編纂出来そうです。

現代の大人と少女の駆け引き・・・

小説『危険な関係』の中での15歳の少女セシルは、大人達の企みで恋に落とされ、体を奪われ、人生を狂わされていきます。これは、セシルに嫉妬した侯爵夫人が仕掛けた罠によるものですが、現代日本社会で、少女達と大人達の危険な駆け引きは彼方此方で起きていて、ほぼ毎日のように事件沙汰になっている。

軍人ラクロは、女性達と交流した日々のことを黙っていられなくなり書簡小説にアレンジして世に出した。

現代の少女達も大人達も、危険な関係を自分の中に仕舞い込むことが出来ずに、つい口外して事件化している。ようするに、人は秘密を守れない。

「二人だけの秘密」という誘惑の言葉で少女を酔わせたつもりが、その言葉に自分も酔ってしまって歯止めが利かなくなった愚かな大人達。また、その逆も然り。兎に角、危険な関係であればあるほど「秘密」にしたいのだろうけど、危険な関係度が深化していく程に秘密の密度も上がり限界を超える。そんな事も分かった上で交際しているのだろうけど、本当に分かっているのかな?小説『危険な関係』のように、本人たちのみならず、巻き込まれた人々の全てを不幸にするんだよ。

調教・・・

恋の駆け引きとか言ったところで、早い話、言葉(文字)で調教していったって事ですよね。昔は、機械文字なんてない自筆の時代。綺麗な文字が書けることも武器だったでしょうね。現代のスマホ時代、文字は機械文字、誰だって同じ文字で、ちょっと検索すれば誰もが似たような文章を書ける。その程度の事に心を奪われる?もう少し、心身を鍛えてみたらどうでしょうか。

何なら、不肖私が調教して差し上げましょうか?屈強な心の持ち主になれるかもしれませんよ(笑)済みません。最後は軽口でした。冗談ですよ。

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