恋と戦争の神話

LOVE & EROS

女性は美しいし気高くもある。だからこそ崇拝するに値する。

嘗て、平塚らいてうは
原始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。
今、女性は月である。
他に依って生き、他の光によって輝く、
病人のやうな蒼白い顔の月である。』
という名文を、自身が創刊した女性文芸誌『青鞜』に寄稿した。二行目以降は現実への嘆きと檄であるが、一行目こそが真の女性像だと記したらいてう女史の言葉は間違っていない。だからこそ、日本国の守り神は女性神・天照大神であるし、国家や部族の守り神の多くが性別は女性であった。

ところが、気高い筈の女性(女性神)は、時々、その気品の高貴さを忘れて「気位が高い」だけの怒りっぽい卑しい存在になることもある。この事を証明する絵画が『パリスの審判』だ。

パリスの審判

François-Xavier_Fabre作 『パリスの審判』           ヘレネとパリス

パリスの審判の伏線は、イーリオス(現在のトルコ北西部にあったとされる都市国家)、又はトロイアと呼ばれていた王国の妃ヘカベーが、次男アレクサンドロスのお産時に、(この子は)「将来、災いを齎す」という悪夢のお告げを受けたことに始まる。

国王プリアモスに対して、その悪夢は正夢となるに違いないと断じた占術師達は生まれた子の命を奪うことを進言する。その進言を受容したプリアモスは、赤子のアレクサンドロスをイーデー山に捨てることを家臣に命じそれは実行された。ところが”災いの種”アレクサンドロスに死なれては困るのが人間の数を減らそうとしていた全知全能の神の”悪意”だった。

伏線の伏線~神の悪意~

イーリオスの神話で最も有名な英雄と言えばアキレス腱の語源となったアキレウスプティーア=古代ギリシア当時のテッサリア最南端の都市国家の王子)。アキレウスの両親となるプティーア国王ペーレウスと海の女神テティスの結婚式は、新郎新婦二人だけでペーリオン山中で行われる。が、それを聞き及んだ全ての神々とニュンペー達が二人に祝宴を用意して贈り物を授けた。ところが、不和を齎す女神エリスは、祝宴に相応しくないとして招かれなかった。

自分だけが外された宴に対して怒り心頭に発したエリスは、(不和=災いを齎す)「黄金の林檎」を祝宴に投げ入れた。そして、その林檎には「最も美しい女神へ」の言葉が刻み込まれていた。

この林檎は私にこそ相応しいのでは?と共に黄金の林檎の受け取り権利を主張したのが天上界の三美神。
結婚とお産の女神、且つ神々の女王ヘーラー ゼウスの姉であり妻である。アトリビュートは孔雀
戦争と知恵の女神アテーナー。アトリビュートは兜とメドューサの顔の付いた楯。知恵の象徴であるフクロウ
愛と美と生殖の女神アフロディーテ。アトリビュートは(髪飾りにしている)愛の象徴であるバラと真珠。(恋に導く)クピド=キューピッドはアフロディーテの子なのでいつも付き添っている。黄金の矢を入れる矢筒を持っており、クピドの放つ矢に当たると誰もが恋に落とされる。

全て、全能の神の思惑?

実は、全てを知り全てを司る万能の神・ゼウスは、増え過ぎた人間の数を減らすことを画策して三つの種を蒔いた。
アレクサンドロスの誕生。
(イーリオス=トロイアにとって最強の敵となる)アキレウスの誕生に繋がる出会いと婚姻。
エリスを協力者とする為に、わざと祝宴に招かなかった。

ゼウスの思惑通りに「黄金の林檎」目当てに美を競う”醜い”争いが幕を開け、ゼウスは三美神に対して、「イーデー山に捨てられた赤子=アレクサンドロスの成長を待ち、その子に、誰が最も美しいか決めさせたら?」と告げる。(神々の時間なので、人間の成長時間などあっと言う間・笑)

イーデー山に捨てられたアレクサンドロスですが、三美神の意向かどうか知らないけれど獣に救われ、更に牧人(羊飼い)に拾われた。「パリス」という名で育てられた

アレクサンドロス=パリスは逞しくこの上ない美少年に成長。そして王家に奇跡の生還を果たす。が、災いを齎す者であるアレクサンドロス=パリスを王家に戻すことを反対する者は少なくなかった。それで、王子に相応しい『成果』を求められる。

災い

その成果は、進行中のスパルタとの戦争を優位にすること以外になかったが、その作戦の最中、パリス=アレクサンドロスの前に三美神が現れる。

あまりにも美しい女性達とのひと時に慣れない戦争の疲れを癒されていたパリスに対して、審判を委ねられる時が訪れる。つまり、三美神が「一番美しいのは誰?」と答えを迫ったわけだ。そして、いつしかパリスの手には黄金の林檎が。天の声(ゼウス)は、その林檎を一番美しい女性に与えることを指示する。が、何れも甲乙つけ難い美女ばかりでパリスが返答に窮余するとそれぞれが魅力的な提案(と言うより買収ですね)を行う。

ヘラは、潤沢な富と広大な土地、財産と権力を約束
アテーナーは、戦いの勝利と本質を見抜く力を与えると約束
アフロディーテは、スパルタの王妃ヘレネがパリスに恋をするようになると約束

楽しき想像

多くの絵画は、三美神それぞれが決めきれないパリスを誘惑する為にヌードになる。つまり裸体の美しさで決めさせようとする。でもそれではちょっと楽しくないので、今回紹介する絵は、アフロディーテだけが裸体を見せている構図。

これを想像すると、決めきれないパリスにクピドが黄金の矢を放った。その矢はパリスの心を射抜き幻惑させた。アフロディーテがヘレネのように思えて、そしてヘレネが衣を脱いで裸体を見せてくれているように感じた。世界で最も美しい女性と噂されていたヘレネ、実はアフロディーテの素晴らしく美しい裸体と微笑みに我慢出来なくなり恋に落ちた。

そして、黄金の林檎はアフロディーテに渡される。

国の将来を自分の恋心と引き換えるなんて愚かしいにも程がある。という事だが、全て万能の神ゼウスの手の内で起こった事。運命には逆らえない。パリス=アレクサンドロスは、ゼウスが蒔いた災いの種なのだから。

因みに、アテーナーのアトリビュートである楯に付着しているメドューサですが、髪の毛が蛇でできている怪物。それを一目見たものは石と化すというとんでもなく邪悪なもの。このメドューサを倒して英雄となるのがペルセウス。メドューサとの戦いに挑むペルセウスを助けるのがアテーナーです。そしてペルセウスに救われるのが絶世の美女アンドロメダ。(後述します)

と言うわけで、王子としての成果を求められていたパリス=アレクサンドロスは、本来であればアテーナーと握手するべきだった。そして戦争の勝利を手に入れるべきで、戦争に勝てばヘレネさえも手に入れられた筈。恋に盲目となった者は愚かな結末へ向かうしかない。

クピドが放った黄金の矢は、スパルタ王メネラーオスの妃ヘレネの心も射抜いた。そして、スパルタに侵入したパリス=アレクサンドロスによってヘレネはトロイアへ持ち帰られる。この時、トロイアの王女カッサンドラだけはすぐに送り返すべきだと主張したが、他の者達は、既に心を惑わされていたのかヘレネをトロイアに住まわせる。

スパルタ王メネラーオスの兄であるミュケナイの王アガメムーノンは、この話を聞き付け怒り心頭に発する。ヘレネを取り戻す為にミュケナイ軍もこの戦争に参加。更に、アキレウス率いるプティーア軍も合流。大軍と化したスパルタとその同盟軍に対してトロイア軍もよく踏ん張っていたが、トロイアの英雄で王位継承者のヘクトールがアキレウスとの一騎打ちで敗死。これで流れが一気にスパルタ側に有利となる。が、なかなかどうしてトロイアは陥落しない。

その内に、何度目かの大きな戦の中でアキレウスの足首を狙ったかどうかは知らないけれど、パリスが放った矢が貫く。流石のアキレウスも耐え切れずに倒れあまりの激痛に生死をさ迷う。というわけで、矢が突き刺さった場所が「アキレス腱」です。アキレウスは戦場へ復帰しますけどその後戦死。パリスも戦死。そして、木馬作戦を見抜けなかったトロイアは籠城戦に失敗し滅亡へ。ゼウスは、人間の数を減らせて満足する。

そもそも、ヘレネはゼウスの実の娘とも云われていて、全く以てゼウスの仕掛けによるもの。

この戦争の勝者も皆、滅びゆく。ロクリス人で神を敬わない不遜な男・小アイアースなどは、アテーナーの神殿でカッサンドラをレイプして、アテーナーの怒りに触れて殺された。が、アテーナーの怒りは収まらず、ロクリスの民は長く不幸に落とされた。

メネラーオスはスパルタに戻る途中で海上が荒れてエジプトに漂着した。ただそれだけなのに帰国まで8年を費やした。ミュケナイ王アガメムーノンは、帰国したが、妻と妻の愛人の手で暗殺された。木馬作戦の考案者オデュッセウスも、故郷に辿り着くまで10年もの間、諸国を漂流する羽目になる。スパルタもミュケナイも結局は滅亡する。

トロイアを脱出した僅かな人々の中にアイネイアース(トロイア王家のアンキーセスを愛したアフロディーテが生んだ息子)がいた。アイネイアースは放浪の旅の途中でカルタゴの女王ディードーと恋に落ちるがディードーを裏切るようにして地中海を北へ。そしてイタリア半島に辿り着き、先々でローマを建国する者達の祖先となる。因みに、アイネイアースに”捨てられた”ディードーは焼身自殺。この恨みがカルタゴに刻まれ、後にハンニバルがローマを攻撃する。という物語へと続いていく。

ところでただの伝説とか創作と思われていたイーリオス=トロイアだけど、その発掘に人生を賭けた男によって実存していた証が・・・(参照記事

アンドロメダ

アンドロメダの母でエチオピアの王妃カシオペアは、自ら、或いは愛娘アンドロメダの美貌こそが天上界の女神に勝ると豪語した。そのことを怒った神々は、アンドロメダを浚い裸にひん剥き、怪物(ケートス)の生贄とするべく、波が激しく打ち寄せる険しい崖下で鎖に繋がれた。そして、アンドロメダの美しい裸体に対して、ケートスが今にも襲い掛かろうとしたその時、ゴルゴーンの三姉妹の一人、メドューサを退治してその首級を掲げるペルセウスが偶然にも通りかかった。ペルセウスは、怪物にメドューサの首をケートスに見せると、メドューサの呪いはまだ生きていてケートスは石と化した。寸でのところを救われたアンドロメダは、その美しい裸体をペルセウスに捧げる。そして彼女はペルセウスの妻となった。

ペルセウス=ペルシア王の妃となったアンドロメダは、ペルセウスの子のペルセウス、アルカイオス、ステネロス、ヘレイオス、メーストール、エーレクトリュオーン、ゴルゴポネーを生んだ後に天に召され、アテーナーによって星座(星雲)として祀られ永遠の美で人々を魅了し続けている。

エチオピアの王女=アンドロメダは、黒い肌ではなくて透けるような白い肌なのはどうしてさ?という無粋な質問は絵画の大家達はきっと受け付けない。それよりも絵師達にとっては、絶世の美女が鎖に繋がれて怪物に襲われる・・・というシチュエーションの方が何よりも大事で、そういう絵こそを世の男たちが待ち望んでいることを知っているのである。その男たちの中には無論、不肖私も入っている。だからこそ今回の記事である。やっぱり、美しい女性の着衣をはだけさせ鎖に繋ぐ。それこそが「生贄」という構図であり、その生贄は閲覧者の為にこそ用意された・・・と思いたいのである。ま、ろくでもない妄想ではあるが・笑

今回は折角美女神且つ軍神のアテーナーに登場して頂いたので、やっぱりアンドロメダで〆たいのである(笑)

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