「私は、自分が何も知らないことを知っている。」哲人ソクラテスは、自らをそのように評していた?
ソクラテスの処刑日は紀元前399年4月27日。それから2400年以上の時を経た現在、ソクラテスは全世界の多くの人からの尊敬を受けています。生きている時に、もっともっと当たり前に尊敬を受けるべき人だったのでしょうけど、実に愚かなアテナイ市民は彼を黙殺した。
ところで、ソクラテスという人は、ただの一冊も著作本を遺していない。その理由として『ブルーストとイカ』を著述したメアリアン・ウルフ女史の主張を参照すると以下の様になります。
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ソクラテス曰く、人間教育にとって最も重要な事は通常の話し言葉による会話(対話)である。
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つまり、常日頃用いる”生きている言葉”で考えを伝え合う。そうでなければ真に理解し合う事は出来ない。というのがソクラテスの基本姿勢。だから、書記言語(文字)に落とした言葉が野放しに広まることを激しく非難していた。
書物の中に書き留められた言葉は”会話(対話)を殺す”。何故なら、書き留められた言葉は反論を許さない。一方的に書かれた内容を一方的に読んでお終いだから。それは、柔軟性に欠けた沈黙であり、ソクラテスが教育の核心と考えていた対話のプロセスにそぐわない。
言葉とは、その意味、語音、旋律、強勢、抑揚およびリズムに満ちた吟味と対話によって、(言の葉を)一枚ずつ皮をはぐように明らかにしていくことのできる動的実体である。
ソクラテス自身が、本当にそのように主張していたのかどうかは分かりません(著書が無いので)。けれども、メアリアン・ウルフは確信を持ち「書き留められた言葉は記憶を破壊する」と彼(ソクラテス)は考えていた。と記した。
ところで、このメアリアン・ウルフ女史とは?『ブルーストとイカ』って何ですか?全く存ぜぬ人と書物なので例によってネット検索。
この人は、字を読む事に困難がある障害「ディスクレシア」研究の第一人者という事です。ディスクレシアのお子さんを持たれたことがきっかけで、この障害の解明に勤しんでいると紹介されていた。
ディスクレシアとは、ギリシア語で「困難」を意味する「dys(ディス)」と、「読む」を意味する「lexia(レクシア)」を複合させた単語ということです。日本では、難読症、識字障害、読字障害などと呼ばれています。読むことができないと書くことも難しいことから、読み書き困難、読み書き障害と呼ばれることも多い。
世間一般的には、「失読症」というイメージが先行するが、失読症は脳梗塞などの後遺症などにより発症する”後天性”であり、今まで読めていたものが読めなくなった、つまり失った状態を指します。
一方、発達期の特異的な読字障害は”先天性”のもの。医学的な分類では、「発達性ディスレクシア」と言われるらしい。分類すると学習障害(LD)に含まれることが多いとのこと。
『ブルーストとイカ』は、障害とは無縁の人も一読されると面白い内容らしいです。現在の日本には「長文嫌い!」という事を自慢する妙な人間が多かったり、そのくせSNS依存症になっている女性(男性も)が少なくない。新たな”障害”かもよ?面倒くさがり症候群?
●個人的知識の基盤を形成可能なのは、”暗記”という(非常な努力を要する)プロセスのみ。
●故に、知識基盤の形成は、教師との対話の中で磨いていかなければならない。
●教師との対話の言葉で身に着いた知識こそが、その人にとって最も相応しい知識となる。
以上のような厳密さをソクラテスは期待していた。だから、彼は気に入った(気に掛かった)若者を呼び止めては対話を挑んだ。
現代の日本でそんな行動を取ったなら、「うるせえ、クソ爺ィ」とでも罵られ、その後は殴られるか蹴られるか。ソクラテスが現代の日本に甦ったら、その日の内に死亡記事が走りそうです(笑)
ソクラテスは、読字を恐れていたわけではない。但し、過剰な知識、不要な知識が齎す結果として、(自分であっても、優秀な他人であっても)全てにおいて表面的な理解しか出来なくなる事を恐れていた。
ソクラテスの言葉の全ては、弟子を自認するクセノフォンやプラトンらによって語り継がれたものです。しかし彼は、一人の弟子も取っていない。
あらゆる分野について語り、多くの影響力を持ったソクラテスの”哲(言の葉)”。最期は、逃亡を強く勧める者達の言葉を制し、「私は国法に従うのみ」と言い、従容として死についた。その神々しい姿勢こそが、ソクラテスを間違って処刑したアテナイ人、引いてはギリシアの愚かさと未来を決したと言って言い過ぎない。ソクラテスを葬り去ったアテナイ、そしてスパルタは、マケドニアによって駆逐された。マケドニアは、ソクラテス哲学を踏襲したキケロを始め、多くの哲人が誕生したローマによって駆逐された。自分達が万能の神ではないのに、身分だけでソクラテスを蔑んだ愚かな者達の末路は決していた。
学力が劣ろうと、財力が劣ろうと、臆せずに正しく言葉を使い正しく行動する。それこそが人として最も大切な事。ソクラテス先生は後生に対してまでも「正しく堂々と清貧に生きることの尊さ」を教えてくれる凄い人です。
書かれた言葉が好きではなかったというソクラテスは、文盲だったのか?そうじゃない。
当時のギリシア社会では、権力を握る支配者(市民が支配者であっても)が一方的に「読ませる」官報的な書が大半であり、読んだ側は、感想を述べることも考えることさえも許されず押し付けられた。そのような書記言語など読むに値しない。という主張を繰り返したのがソクラテスだった。為政者の意向に従わないことは即、死を意味する行動であり、極めて勇気のいる事。また、その頃は、神の御加護を受けて戦いの勝利を目指す風潮が当たり前であったのに、ソクラテスは、神は自国にのみ存在を示すものではなく、他国にだって崇められる神の存在はある。神を比較するようなことは馬鹿げているし、それは即ち、自分以外の他人(の存在や思考)を見下すことは愚かしいと訴えているわけですよ。崇高なソクラテス先生の心持ちを理解しようともせず、政治参加を拒み続けたソクラテスを、賢人を装い民を良くない方向へ先導する悪徳石工と決めつけて糾弾裁判を断行した。この裁判の様子を、(ソクラテスの弟子を強く自認する)プラトンが、『ソクラテスの弁明』(~クリトンへの言葉を含む~)を書いて後世に遺すことになった。けっして長くはない弁明の言葉ですが、これを読むだけで、ソクラテスの素晴らしさを認めざるを得なくなる。なので、一回は読んだ方が良いですよ。
今の日本にも、古代ギリシアの”右に倣え”的な人々がたくさんいて、「こいつは悪人だ!」と誰か一人の大きな声に無思考に同調して「そうだ、そうだ、こいつは悪い奴だ!地獄へ落とせ!」と連呼する。「どうだ、こんな事すると楽しいだろう!」と誰か一人が「笑えよ、皆!」と嗾けると、「そうだ、そうだ、面白いぞ!もっと笑わせてくれよ!」と更に煽る。イジメや迷惑行為を止めるどころか、火に油を注ぐが如きに増長させる。だから、読むだけ、見るだけで「分かった気になる」ことは危険なのだ。ソクラテスが強く懸念したことを、現代でもまだ払拭出来ずにいるのが民衆社会の実情。
それでもプラトンは、「書」の重要性も認めた。恐らく、ソクラテス先生の崇高な考えを多くの人に伝えたかったからでしょう。と言うか、伝えなければならない使命感からでしょう。プラトンは、やがて、「口先だけの人間」「分かったふり(知ったふり)の人間」「身勝手で無思考な同調人間」を糾弾する側へ向かう。口(言葉)は達者でもあるが、だからこそ災いのもとともなる。言った言わないにならないよう、重要なことなら必ず書き留める。自信があるのなら書に書いて伝えるべきで、それが記録されることを臆するようならずっと黙せよ。本当に分かりたいのならば、対話こそが大事。
えーっと、当ブログは、歴史ブログでもましてや哲学ブログでも何でもなく雑文エッセイサイトですから、此処に真実があるなど絶対に思わないでくださいよ。でもね、時折ですが、良いことを言ってます(の筈です)・笑止
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